愛人というものが存在する理由

by admin

愛人というのは、世間的に認められることはまずありません。
ご承知のように、相手の一方が既婚者であり、妻なり夫なりがいるにも関わらず、それとは別の愛する人を持つことですから、道徳的に許されることではないのです。
人は何故、法律的にも認められたセフレパートナーがいるにも関わらず、別の愛を求めてしまうのでしょうか?
パートナーというのは、愛する人にはならないのでしょうか?
これはたとえ考えてみたところで、おそらく皆が納得できるような答えが出ることはないでしょう。
おそらく、こうした愛人を作る、愛人になるという行為は、理性とは別のところの欲求によって行なわれるものだと思われます。
過去においては、子孫を残すという意味から、愛人の存在が公に認められた時代もありました。
しかし、現代社会の道徳は、愛人というものを認めるようなものではありません。
愛人を持つ側と愛人となる人にとっては、それが一生に一度の激しい愛だとしても、パートナーの側から見れば、決して許される行為ではないのです。
ただ単に性欲を満たすためだけなら、愛人である必要はありません。
さまざまに性欲を満たす方法はあります。
しかし、あえて愛人という選択肢を選ぶのは、やはり性欲だけでは満たされない何かを満たしたいという欲求が、人にはあるからなのかもしれません。